東京高等裁判所 昭和22年(行ナ)5号 判決 1949年5月12日
原告
東京履物株式会社
被告
特許局長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
請求の趣旨
原告訴訟代理人は特許局が同庁昭和二十二年抗告審判第二七号商標登録願拒絶査定不服抗告審判事件について昭和二十二年七月十八日爲した審決はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求める。
事実
第一、本件の経過
原告は千葉縣長生郡本納町法目二千七百七十八番地向山金次郞が「ライオン」の片仮名文字の商標について昭和二十一年八月十日商標法第五條の規定によつて商標法施行規則第十五條に規定する類別第六十一類傘、杖、履物及びその附属品(但し靴及びその類似品を除く)を指定商品として特許局に登録出願をし(昭和二十一年商標登録願第六九三六号)、その登録出願から生じた権利を営業と共に承継して昭和二十一年十月八日出願名義変更の届出を完了したものであるが、特許局は同年十二月九日附で右商標は登録第一二七四三五号商標(別紙第二目録記載のもの――以下「B」商標と呼ぶ)と類似し、同一又は類似の商品に使用するものであるから、商標法第二條第一項第九号の規定によつて登録できないものと認めて意見書の提出方の通知があつたので、これに対し出願人(原告)は昭和二十二年一月二十八日両者は類似しないから前記法條の規定の適用がなく登録せらるべきであるとの意見書を提出したところ、特許局は昭和二十二年四月二十五日附で前示の理由の下に原告の登録出願拒絶査定をなした。よつて原告は同年五月十九日右拒絶査定を不服として抗告審判請求をしたところ(昭和二十二年抗告審判第二七号事件)特許局は同年七月十八日附で「本件抗告審判請求は成立たない」との審決をなし右審決は同月二十六日原告に送逹せられた。
第二、本件における爭点
然し右特許局のなした審決は左の諸点において失当であつて取消さるべきものである。
(一) 原審決は本件原告出願の商標(別紙第一目録記載のもの――以下「A」商標と称する)は前記「B」商標と共に「ライオン」と称呼されて類似し、その指定商品も牴触するから商標法第二條第一項第九号の規定に該当しその登録は拒絶すべきものと認定している。而して右両者の指定商品が牴触することは事実であるが上記「B」商標は小猫の首を描いた手毬を主要部分と看做すべきものである。即ち古くから手〓や玉に小猫がじやれることから手〓又は玉と小猫とは附き物とされていることは顯著な事実であつて、前記「B」商標も小猫の首を描いた手〓が特に親しみ深いもので顯著性に富むものであるから右「B」商標からは「クロタマ」、「クロテマリ」又は「クロタマネコ」と称呼され、小猫の首を描いた手〓又は小猫の首を描いた黑玉を観念されるものである。これに反し本件出願商標はその構成上「ライオン」の文字から明らかに「ライオン」と称呼し観念されるから両者は類似しないものである。凡そ、商標は商品の標識であるから商標中特に親しみ深い部分は顯著性に富むからこれをその主要部と看做すべきものであつて(昭和四年(オ)第一六七五号同年二月二十九日大審院判決参照)商標の称呼及び観念はその主要部分から自然に発生すべきものである(大正十四年オ第二四四号大正十五年三月二十四日大審院判決参照)。而も走る「ライオン」の図形(別紙第四目録表示のもの、以下「D」商標と呼ぶ)について旧第六十九類靴鳩目一切「ホーク」一切その他他類に属しない靴附属品を指定商品として登録第四二七四一号を以て明治四十二年九月二日登録され、更に昭和四年十一月二十日商標権存続期間更新登録された事実から見ても、若し前記「B」商標が「ライオン」と称呼されるとすれば、右「D」商標権が存続中に「B」商標が登録される筈がなく、右「B」商標が登録されたのはその称呼及び観念が「ライオン」でないからである。
(二) 原審決は右「B」商標を塗り潰した円形内に「ライオン」の図形を描いたものと認定したが、これを掲載した特許局発行の特許公報によれば右の黑く塗り潰した円形は普通の輪廓と見るべきでない。即ち普通の輪廓は黑く塗り潰すことはないもので、その塗り潰したところから推察すれば手〓又は黑玉の図形と考えられこの手〓又は黑玉の図形と連関してこれに小さく記載した図形は小猫が手〓又は黑玉とじやれる事例から直ちに小猫の首を観念されるもので原審決が「B」商標を漫然前示のような認定をしたのは実驗則に反し失当である。
(三) 原審決は前敍のように「B」商標を單に「ライオン」と称呼し本件出願の前示「A」商標と類似であると認定したが、一般商取引では小猫が〓又は玉にじやれるとこから小猫の図を描くときは手〓又は玉を書き添える事例が顯著であることからその取引の実際に当つては黑く塗り潰したものは黑玉又は手〓と観念され、而も前記「B」商標には黑玉又は手〓が顯著に描いてあるので、これに猫の首と紛わしい図形を描けば特に顯著に「ライオン」の図形を記載しない限り猫の首であると観念し、「ライオン」の観念及び称呼が生じないのが普通である。元來猫と「ライオン」の図形は特に首だけでは商取引の市場では判然しないのが普通で「B」商標では特にそうである。蓋し商標は商品の標識であるから、その類似は商取引の実驗則に照し市場における一般購買者がその種の商品を購入するに当り普通に用いるところの注意を以て商品の混同誤認を生ずるか否かで決定しなければならないものである(昭和四年オ第九一二号、同年十二月十七日大審院第三民事部判決及び昭和十四年オ第七七二号大審院判決参照)。本件においては両者商標が隔離的観察で外観が異るものであるから右「B」商標は上記事情に從い黑玉中の図形は猫の首であると直ちに判断され、「ライオン」の首と速断されないのが普通である。
(四) 而も右「B」商標の黑玉の図形は大きく顯著に描かれて居て、普通の輪廓でなく、それ自体一つの黑玉又は〓の図形を構成し、これに小さく原審決の「ライオン」と称する首を描いてあるので、その「ライオン」の図形は全く黑玉の図形に圧倒され且つ蔽い包まれ、この部分は圧倒的重要價値がなく、むしろ右「ライオン」の図形は黑玉の一裝飾に過ぎない。而して、商標の登録制度は商品の誤認混同を生ずることをなからしめ、不正競爭を防止するものであるから、商標の要部が類似する場合でも、その要部が圧倒的重要價値がない限り直ちにこれが類似であると謂うべきでない(昭和四年オ第一一〇四号同年十二月二十四日大審院判決参照)のであつて、「B」商標中に「ライオン」の首の図形があるからといつて本件原告出願の「A」商標と類似であるとすべきでないのに拘らず、これを類似となしたのは実驗則に反する不当な審決である。
(五) 仮りに「B」商標中に記載した図形が「ライオン」の首であつて、その黑玉の図形と構成上軽重ないものとしても、商標が軽重のない図形から構成された場合には、その称呼及ぴ観念は、右両者を不可分的一体のものとしてその類否を決すべきものであるから(昭和三年(オ)第四四九号同年七月九日大審院判決参照)を「B」商標は「クロタマライオンクビ」印又は「マリライオン」印、若しくは「クロテマリライオン」印と称呼し観念されて、單に「ライオン」と称呼され、観念される本件「A」商標とは類似しないものとしなければならないのに、原審決がこれに反した認定をなしたのは実驗則を無視したものである。なお、楕円形中に「ライオン」の全体の図形を描いて太陽が照つていることを示し、且つ指定商品が牴触する商標(別紙第三目録記載の「C」商標が「B」商標が登録された後、登録第二六五一八一号を以て昭和十年五月十五日登録された事実及び前記走る「ライオン」の図形に付いて「B」商標登録前に登録第四二七四一号が相牴触する商品を指定して登録された事実がある外、「SUNLION」の文字のない「ライオン」の図形について別紙第五、第六目録記載のような商標(「E」「F」商標)が出願拒絶の理由がないものとして商標法第二十四條の規定によつて準用される特許第七十三條の規定に從い、出願公告の決定のあつた事実に徴しても本件「A」商標と「B」商標とは類似するものといえないことは明らかである。
(六) 而して、本件「A」商標と前記「B」商標とはその指定商品が牴触することは、前敍の通りであるが、以上説明したように、両者は類似しないものであるから商標法第二條第一項第九号の規定によつてその登録を拒絶するは不当である。從つて原審決は商標法第二十四條の規定で準用される改正特許法第百二十八條の二によつて取消さるべきものであるから本訴請求に及んだ次第である。と陳述し、
証拠として、甲第一乃至第四号証、第五、第六号の各一、二を提出し、乙号各証の成立を認めた。
被告指定代表者は原告の請求を棄却する旨の判決を求め答弁として、原告主張事実中第一原告が本件の経過として主張した事実及び原告登録出願の商標(「A」商標)が原告主張のような文字によつて構成されていること、原審決に引用された「B」商標が大正十年一月十日出願され同年四月八日登録されたもので、その指定商品が原告主張の類別のものであり、該商標が別紙第二目録表示の如きものであること、右「A」及び「B」商標の指定商品は牴触するが右両者は外観及び観念が類似しないこと、並びに原告主張の別紙第五及び第六目録記載の各商標について原告主張のように出願公告の決定があつたことはこれを認めるが、その余の原告主張事実は否認する。即ち
(一) 前示「B」商標は黑色に塗り潰した円形内に「ライオン」の頭部の図形を現わしてなるものであつて、右円形を手〓となし「ライオン」を小猫となす原告の主張は当らない。このことは、右「B」商標が背後に地球の図形を描きその上部に「ライオン」の頭部を組合わせてなる図形で構成されている登録第一二七四三四号商標(別紙第七目録表示の商標、以下「G」商標と称す。)の連合の商標として登録されている点から明らかである。
(二) 「B」商標は鬣を有する頭部を描いてある点からしても一見「ライオン」の首であることは明瞭であり、猫の首を誤認することはない。從つて黑く塗り潰した円形を見て手〓又は玉を想像し、手〓にじやれるものは猫であるから円形内の首は猫の首であると認識するようなことは一般取引上考えることはできない。
(三) 原告は「B」商標から「クロタマネコクビ」印、「クロタマライオンクビ印」、又は「マリライオンクビ」印の称呼観念を生ずると主張するが、商標の称呼はその構成自体から最も呼び易く親しみ易いものが選ばれ且つ一般に簡略化される傾向にあるから、上記の通りその図形が「ライオン」であることは明らかである。前示「B」商標から單に「ライオン」印の称呼観念を生ずるのを取引上自然とするものである。
(四) 「B」商標の登録後楕円形中に「ライオン」の図形を描き、その背後に日の出の図形を現し、楕円形の上部に「SUNLION」の文字を記載して成る商標(「C」商標)が右「B」商標と類似の商品を指定商品として登録第二六五一八号として登録されていることは事実であるが、上記のように右商標はその上部に「SUNLION」の文字を有し、然かもこれと「ライオン」の図形は一体不可分のものとして観念せられるものであるから「サンライオンの」称呼観念を生じ、明らかに單なる「ライオン」印を区別し得るものである。よつて原告の請求は失当であると述べ、証拠として乙第一、第二号を提出し、甲号各証の成立を認めた。
理由
訴外向山金次郞が「ライオン」の片仮名文字の商標(別紙第一目録表示の「A」商標)について昭和二十一年八月十日商標法第二十五條によつて商標法施行規則第十五條に規定する類別第六十一類傘、杖、履物及びその附属品、但し、靴及びその類似品を除くを指定商品として特許局に商標登録出願(昭和二十一年商標登録願第六九三六号)をなしたところ、原告は同人から右出願によつて生じた権利を営業と共に承継し、同年十月八日特許局に出願名義変更の届出をなしたものであること、特許局は同年十二月九日附で、右商標は登録第一二七四三五号商標(別紙目録表示の「B」商標)と類似し、同一又は類似の商品に使用するものであるから商標法第二條第一項第九号の規定によつて登録できないものであると認めると云つて、原告に意見書の提出方を通知したこと、原告は右両者は類似しない旨の意見書を提出したが、特許局はこれを容れず前記法條に照し登録できないものとして原告の登録出願拒絶の査定をなしたので、原告は右査定を不服として抗告審判の請求をなしたところ、特許局は昭和二十二年抗告審判第二七号事件において同年七月十八日附で「本件抗告審判請求は成立たない」旨の審決をなし、該審決は同月二十六日原告に送逹されたことは当事者間に爭のないところである。よつて本件における主要の爭点である右「A」商標が、既に登されてある「B」商標と類似するものであるか否かの点について按ずるに、右両者が同一の指定商品に使用せられる商標であることは当事者間に爭のないところで又「A」商標からは「ライオン」という称呼と観念が生ずることは疑ないところである。從つて、「B」商標が「ライオン」の称呼観念を有するときは「A」商標は前記法條によつて登録を拒絶されるのは己むを得ないことになる。蓋し、商標法第二條第一項第九号の規定は商標の混同誤認を防止することを目的とするものであつて、又商標はその称呼と観念によつて商品を象徴し、これによつて取引が行われること少くなく而も一般取引において場所と時が隔つているため二個の商標を直接対照比較することができず、記憶や観念によつて、所謂隔離的観察で比較対照する事例が多いことに鑑みるときは、「二個の商標が直接に対照比較すれば一見その区別をすることができるものでも、その称呼や観念において相紛わしいところがあれば、これを類似のものと云うべきである。」今、本件「B」商標について見るに、成立に爭のない甲第二号証によつて右商標を観察すれば右「B」商標は黑く塗り潰した円形内の上部に「ライオン」の頭部の図形を現わしたもので、その主要な部分は「ライオン」の頭部にあり、円形乃至黑く塗り潰した円形の部分は格別に意味を有しないもので、この部分からは特別の称呼を生じないものと見るのが妥当である。從つてこの「B」商標からは「ライオン」印と観察され且つ「ライオン」印の呼名が出てくるものと認めるのが相当である。
原告は右「B」商標は小猫の首を描いた手〓を主要部分となすものであると主張するが、右「B」商標の頭部の図形に鬣がありその顏面の構図が一見「ライオン」であること疑問の余地なく、何れの点から見ても猫とは云えないこと明瞭で一般人の注意力でもこれを猫と誤認する虞はないものと云うべきで、而も円形は黑く塗り潰されたところから見て、「ライオン」の首を引きたたせ強調する効力を持たせていることは認められるが、それ以外に格別の意義又は称呼を抽出するものと理解するは一般に困難であると認められる。從つて前記頭部の図形を猫の首とし、その外部の円形を手〓又は玉であることを前提とする原告の主張は到底採用の限りでない。
原告は「ライオン」の図形については右「B」商標と同一商品を指定して、明治四十二年九月二日登録され昭和四年十一月二十二日存続期間更新登録がなされた第四二七四一号(別紙第四目録表示の「D」商標)が存在するところから見れば、右「B」商標は單に「ライオン」と称呼され又は観念されなかつたものというべきだと主張するが、成立に爭のない甲第四号証に依れば、右「D」商標はその指定商品として、旧第六十一類靴用鳩目一切、ホーク一切、その他、他類に属せざる靴附属品一切と限定され、本件「A」、「B」各商標の指定商品が右「D」商標の指定商品と「類」において同一であるが、品目においては、本件「A」、「B」各商標の除外した商品を指定しているものであつて、指定商品を異にすることとなるから右「D」商標が登録されたことがあるからとて原告の主張を維持するわけにはいかない。
原告は仮りに「B」商標中に記載された図形が「ライオン」の首であつても、その首と黑色の円形は構成上軽重がないもので、その両者が不可分一体のものとして称呼及び観念を生ずるものであるから、同商標は「クロタマライオンクビ」印、「マリライオンクビ」印等の称呼、観念をもつもので、單に「ライオン」印と称呼され観念されることはないと主張するが、右「B」商標の「ライオン」の首の位置は別紙第二目録の図面に示すごとく、黑色の円形内の上半部に存し、黑く塗り潰された部分は相当廣い範囲であることは事実であるが、右図形を全体として観察するときは「ライオン」の頭部の図形が主体をなして円形が從であること明らかで、円形が主体で「ライオン」の頭部がその裝飾であるとは到底認めることはできない。從つてこの商標から原告主張のような称呼観念を生ぜしめることは無理であつて、むしろ、原審決が認定した通り、「ライオン」印の称呼観念が出てくるものとするのが一般の実驗則に適合するものと認める。
なお、楕円形内に「ライオン」の全体の図形を描いて且つ太陽の照つていることを示した商標(別紙第三目録の「C」商標が同一指定商品について登録されていることは当事者間に爭のないところであるが、成立に爭のない甲第三号証によれば、右「C」商標は上部に「SUNLION」という文字の記載があり、その下方の楕円形中に「ライオン」を描き、その背後に太陽を表わしており、以上の全体を一括して一個の構図となつているものであること明瞭である。從つてこの構図からは、單に「ライオン」という称呼観念が生ずるものでなく、一般取引においては「サンライオン」の称呼、観念を生ずるものと認めるのが相当であるから前記「B」商標とは混同誤認を來す虞のないものであるところである。
原告は更に太陽を背景とし、「ライオン」を楕円形内に描いた商標(別紙第五目録表示の「E」商標)及びライオンの横座した商標(別紙第六目録表示の「F」商標)について商標登録出願公告の決定があつたところから見れば「B」商標は「ライオン」の称呼、観念を有しないこと明らかであると主張するが、單に出願公告の決定があつたからといつて原告主張のような推論を生ずるものでないことは明瞭であるから、この点の原告の主張も亦理由がない。
果してそうだとすると、原告の主張はすべて失当でこれを採用することはできない。從つて以上説明の通り原告出願の本件「A」商標は前示「B」商標と類似するものというべきで、特許局が原審決において商標法第二條第一項第九号を適用し、右原告の出願を拒絶すべきものとして、原告の抗告審判請求を排斥したのは相当で、本訴請求も亦理由がないから、これを棄却すべきものである。
よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して、主文の通り判決する。
<省略>